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第二章最終話・拾五ふわり:天王寺五重塔跡(後編)

「おまえ……チャック開いてんぞ」
気が動転しまくって、泡喰って、バタバタしているオレに、シュウさんという猫はそう告げた。

「わっ! わっ! いつから? これで谷中霊園ずっと歩き回ってたのかオレ!」
「おまえさー、本当におっちょこちょいなー」
「うわ、猫も笑うんだぁー!始めて見た」

ベンチに座り込んだオレの膝の上に乗り、シュウさんはちょっと呆れたようだ。
「今どき、猫が喋ろうが犬が喋ろうが大して驚くことじゃねーだろ! 巷じゃ、電気製品だってロボットだって喋るご時世だ。そんな慌てることじゃねーよ!」
「そそそそんなこといいい言われても…」
「言っとくけど、オレは昔っから喋ってる。聞こえるか聞こえないかはそっちの事情だ。お前はオレの声が聞こえるようになったってだけのこった!」
「オレ、なんで急に聞こえるようになったんだろ……?」
「谷中Levelが1から2に上がったんじゃねーの?」
「んなこと、ゲームみたいに言わないでよ…」

それにしても、なんて流ちょうな日本語なんだ。オレはまだ冷静になれずにいる。
「シュウさんって、てっきりおじいさんだと……」
「まぁ、生きてりゃ今はおじいさんって歳だろうよ」
「かりんさん達はシュウさんが猫だとはひと言も……」
「かりんちゃんとは友達だからな。いちいち、友達が猫だとは言わないだろ?」
それもそうか……。
「おまえさ、オレに見覚えないの? 幽子さんといつも一緒にいただろ?」
「ああーーーっ! そういえばーーー! いつも怒ってる猫ーっ!!!」
シュウさんはため息まじりにツッコんだ。
「遅せーよ!」

そして、本題を思い出したのかシュウさんは改めて「放火心中事件」に触れ始めた。
「とにかく! 五重塔放火心中事件と幽子さんは無関係だ。変な勘違いするんじゃねーぞ」
「……本当ですか?」
「ああ、その年にはまだ彼女は谷中に来てはいないんだ」
「……そうだったんですね」
「昭和32年はオレが集団就職で上京して、谷中に住み始めた頃なんだ。あの火事は憶えてる。明け方にものすごいサイレンがして、外に出てみたら、夜中なのに夜空を覆う煙が見えた…ひどい火事だった」
「心中した二人は……」
「オレは会ったことはないよ。不倫の末に焼身自殺なんて…何とかならなかったのかと話してたよ。歳が離れてたのも思い詰める原因の一つだったんじゃないかって噂もあったけど」
「可哀想ですね…」
「ああ……でも遺された側はもっと可哀想だ」

オレはこの機会にシュウさんに疑問をぶつけたくなった。
「シュウさん! 無神経かもしれないけど思い切って聞きます。幽子さんは何故、幽霊になったんですか?」
シュウさんはジッと俺の顔を見ていたが、ちょっと目をそらした。
「それはいずれ分かる。彼女のことはオレの口からは言わない。おまえが自分で探せ」
「……そっか。幽子さんを傷つけてしまって、ずっと謝りたくて探してたんだけど…ずっと会えなくて……幽子さんの過去を探そうにも手がかりがなくて…」
「彼女は怒っちゃいねーよ。ただ、怖いんだよ。だから出てこないだけなんだ」
「何が怖いんですか?」
「……それも自分で探ぐんな」
「シュウさんに会って謎が解けると思ったら謎が増えただけだなぁ」

シュウさんはオレの膝の上からポンと弾けるように、地面に降りた。
「ねぇ、シュウさん…最後に聞いていいかな? 人間だったシュウさんはどうして死んだんですか?」
「オレ? それ聞くのか、おまえ……」
シュウさんはどこかに行きかけていた足を止めた。

「ごめんなさい、言いたくなければ…いいです」
シュウさんは振り返り、オレを見上げた。
「オレはな……」
怒っているでもなく、泣いているでもなく、シュウさんは淡々と答えた。

「オレは……殺されたんだよ」


[拾五ふわり(了)]

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天王寺五重塔跡
東京都台東区谷中7-9-6


# by gauze_suzuhara | 2018-05-03 15:10 | その弐:いざ言問はむの章

『鈴原ガーゼ』と申します。店名・住所は本当ですがこの物語はフィクションなんです。それに私が誰かは内緒にしておいてください。


by 鈴原ガーゼ